2019年に東京・中⽬黒にオープンした「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」。この店舗の基幹部分に⽇本の職⼈技が⼀枚噛んでいるという。
⽬黒川の桜並木を見下ろす最高のテラス席
スターバックスは2014年、スターバックスの妥協を許さないコーヒーの可能性を追求した旗艦店「スターバックス リザーブ ロースタリー」をアメリカ・シアトルにオープン。以降、中国・上海、イタリア・ミラノ、アメリカ・ニューヨークと続き、世界で5 番⽬の都市として東京・中目黒が選ばれた。
4階建ての店内中央に位置する巨⼤な焙煎機と、吹き抜けを貫く世界最⼤級のキャスク(コーヒー⾖の熟成・貯蔵庫)の存在感は圧倒的。⾖の焙煎を⽬の前で楽しむことができるほか、ウイスキーの樽で熟成したコーヒーやミクソロジーバー(コーヒーやティーをベースに創作するバー)で提供されるカクテルなど、ここでしか味わえないメニューも楽しめる。まるでコーヒーのテーマパークだ。
「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」のユニークな点の⼀つは、3階と4階のテラス席にある。ここは目黒川に沿った店舗であるため、春になると、川沿いに咲く満開の桜をテラス席から⾒下ろすことができる。すでに都内有数の絶景花⾒スポットとして⼈気だ。
テラス席をつくるならば、屋外で利⽤できる家具が必要だ。しかし、⾬にも⾵にも負けず、気温や湿度の変化でも変⾊しない⽊製家具などなかなかない。しかもスギやヒノキなど⽇本の⽊材は柔らかく、家具製作にはあまり向いていない。野ざらしに耐えうる強度で、⽇本の⽂化的要素を取り組んだ洗練されたデザインの家具を⼤量に設置するのは、不可能かと思われた。
その不可能を可能にしたのが、⼭形県天童市に本社を持つ家具メーカー・天童⽊⼯だ。
⽊材をスライスして重ねる「成形合板」
天童⽊⼯は、⽊材を1ミリほどの薄さにスライスし、重ねてかたち作る「成形合板」という技術を得意としている。成形合板による代表作としては、柳宗理による「バタフライスツール」などが有名だ。
当初は硬くて粘りのある広葉樹を⽤いて成形合板を⾏っていたが、これを応⽤して独⾃の技術を開発し、スギやヒノキ、カラマツなど、家具作りに不向きとされていた軟質針葉樹を加⼯して家具にすることに成功した。
具体的には、スライスした⽊材に⼆つのローラーで圧密(プレス)することで強度・硬度を上げる。従来の圧縮⽅法と違って薄い⽊材をプレスするため、圧縮時間を短縮して熱を抑えることができる。その結果、表⾯の⾊味を変化させずに⽊材そのものの美しさを維持させることができるようになった。さらに、この過程で薬剤浸漬処理を施すことによって、難燃性能や防腐・防蟻性能などの機能を⽊材に付加、燃えにくく痛みにくい家具づくりも可能になった。この技術を圧密浸漬処理(あつみつしんせきしょり、Roll Press Wood+)という。
この技術がスターバックスの担当者に「発⾒」されたことによって、「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」のテラス席構想が現実のものになったのだ。
「隠された⽇本の宝」に形を与える
採⽤決定から納品まですべてを担当した株式会社 天童⽊⼯ 東京⽀店・営業部係⻑の加藤朋哉(かとう・ともや)さんによると、当初は、店舗内の什器(バーカウンター)のみを国産材で⼿がける予定だったという。
「スターバックスのご担当が⼯場⾒学にいらした時に、前庭に置きっ放しにしていた試験中の屋外⽤スギ材家具のサンプルを、偶然ご覧いただいたんです。その時点ですでに1年間野ざらしにしていたのに、まったく痛まず、変⾊していなかった。それで興味を持っていただいたんです。特に⽊⽬の美しさに惹かれたようでした。テラス席を設置することは、私どもはそれまでまったく知りませんでした」
この偶然の出会いを経て、店内バーカウンターとテラス席の家具を天童⽊⼯が担当することになり、「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」のベースが決まった。
材料に使⽤したのは東京・多摩産のスギ。スギは⽇本の固有種であり、学名をCryptomeria japonicaという。訳すと「隠された⽇本の宝」。⽊⽬はまっすぐで、樹芯の周りは⾚く、その外側は⽩い。これを源平柄という。
株式会社 天童⽊⼯ 広報・企画課課⻑の加藤直樹(かとう・なおき)さんによると、スギは育成環境や⼿⼊れの有無によって⾒た⽬が異なるという。
「よく⼿⼊れされた多摩産のスギは、⽊⽬と源平柄が美しく浮かび上がります。このような⾒た⽬の材料は国外にはほとんどありません」
⽇本にしかない材料と、⽇本のメーカーにしかできない技術によって、「隠された⽇本の宝」が具体的な形を与えられたというわけだ。
⽂化を⽀える⽇本の技術
「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」は、その世界的な注⽬度から⾒ても、独特の建築や内装から⾒ても、⽇本⽂化の新しい発信地として機能し始めている。そしてその⼟台にあるのが、天童⽊⼯による技術だ。
歴史を振り返れば、天童⽊⼯は、⽇本⽂化を発信する拠点となる場所に関わってきた。京都議定書が採択された国⽴京都国際会館や東京都交響楽団が本拠地とする東京⽂化会館など、重要な施設に天童⽊⼯の家具が使われてきたのだ。
技術開発のための研究があり、新しい技術が⽣み出され、技術を製品化するための挑戦があり、それが多くの⼈の⽬にとまることによって新しいプロジェクトが⽣まれる。そして次第にそれが⽂化になっていく。
天童⽊⼯が次に⼿がける「⽇本の⽂化」に期待せずにはいられない。