木材を取り入れて良い眠りを。木材と睡眠の関係とは

寝室に⽊材(⽊質系材料)が多いと不眠症の疑いが少ない──そんな驚きの研究結果が発表された。
⽊材と睡眠と健康の本当の関係はどうなっているのか。最先端の研究者に話をうかがった。

まだ解明されていない睡眠の謎に挑む

⽊材研究の領域では、⼈間が⽊材に触れた際、⾎圧や⾃律神経、脳波がどのように変化するかといった研究がなされてきた。それらの研究を通して、⽊材にはリラックス効果があることがわかってきたが、睡眠と⽊材の関連性を指摘した研究はあまり多くない。

そんななか、2020年2⽉に国⽴研究開発法⼈森林研究・整備機構森林総合研究所(以下、森林総研)は、筑波⼤学の国際統合睡眠医科学研究機構(以下、IIIS)と産業精神医学・宇宙医学グループ、帝京⼤学との共同研究により、睡眠と⽊材との間に⼤きな関連があることを実証・発表した。
(※以下、国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所、筑波大学、2020年2月18日発表より)

森林総研は、森林、林業、⽊材に関する研究を⾏う国⽴研究開発法⼈
IIISは世界トップレベルの睡眠医科学研究機関。「睡眠」にテーマを絞り、さまざまな謎を解き明かしている

森林総研で主任研究員を、IIISで准教授をつとめる森⽥えみさんによると「寝室に⽊材が多い⼈は、そうでない⼈に⽐べて安らぎを感じている割合が⾼く、不眠症の疑いが低いことが明らかになった」という。より噛み砕いて⾔えば、寝室の⽊材・⽊質材料が、⼈間の睡眠にとって有⽤である可能性が⽰唆されたということだ。

森⽥さんは森林総研主任研究員とIIIS准教授を兼任。社会医学の視点を森林科学分野に持ち込み、森林・⽊材系の新たな領域を開拓している

⽇本は世界でもっとも睡眠不⾜が深刻な国

そもそも、なぜ睡眠に注⽬するのか。実は、⽇本⼈の睡眠不⾜による経済損失はGDP⽐の2.92%もあると⾔われている。しかもこれは世界で最悪の数字である(⽶・ランド研究所)。⾦額でいえば1380億ドル(≒15兆円)にものぼり、働く⼈々の睡眠不⾜は深刻化している。

にもかかわらず、具体的な対策はあまり社会に浸透していない。むしろ⽇本では、睡眠を削って働くことが美徳であるかのように語られてきた。2017年に「睡眠負債」という⾔葉が流⾏語⼤賞のトップテンに選出されるなど、少しずつそうした状況に変化の兆しは⾒えるが、まだ充分ではない。

IIISの機構⻑である柳沢正史(やなぎさわ・まさし)さんによると、その⼈が必要とする睡眠時間よりたった1時間少ないマイルドな睡眠負債であっても、毎⽇蓄積することによって脳のパフォーマンスは低下し、病気のリスクが⾼まるという。

*柳沢「しかも、慢性的な睡眠負債によるパフォーマンスの低下は⾃覚しにくいんです。⼈によって必要な睡眠時間は異なりますが、ほとんどの⼈が1⽇6時間では⾜りません」

柳沢さんは、紫綬褒章を受賞、⽂化功労者としても顕彰された睡眠研究の第⼀⼈者

睡眠不⾜には、体重の増加や免疫システムの弱化、病気になりやすいなどさまざまなリスクがある。そして、睡眠不⾜になりやすいのが働く⼈々で、仕事をする上で重要なパフォーマンスの低下も起きると、森⽥さんは指摘する。

*森⽥「だからこそ、今回の研究では働く⼈々を対象に調査をしたんです」

不眠症は主観の病気

調査対象になったのは、茨城県と東京都の職場で働く約700⼈の働く⼈々。アンケートでは、家屋の住環境や寝室、睡眠の状態、⽣活習慣などに関する質問票を作成。さらに活動量計と呼ばれる端末を使⽤して睡眠時間や覚醒時間、消費カロリーなどを測定して睡眠を計測。不眠症の疑いについては、WHOの基準をベースに作成され、世界中で使われているアテネ不眠尺度を⽤いて判定した。

これらの調査結果を統計的に分析したところ、寝室に⽊材・⽊質材料が多いと回答した⼈たちは、少ないと回答した⼈たちよりも不眠症の疑いが低かった。また、寝室で安らぎや落ち着きを感じる割合も、寝室に⽊材・⽊質材料が多いと回答した⼈の⽅が⾼かった。これらの結果は、対象者の年齢や性別、⽣活習慣などを考慮しても同様の結果になったという。

Morita et al. J.Wood Science 2020より作成

より具体的な質問内容を⾒ていくと、「寝室に⽊材(内装や家具、建具等)はどのくらい使われていますか」という質問に対して、回答者は「沢⼭使われている」「やや使われている」「ほとんど使われていない」「全くない」の四つの選択肢から答えを選ぶ。

この調査では「不眠症の疑い」は、調査票、つまり主観で評価している。「不眠症」には、主観的な判断が⼤きくかかわっているからだ。

柳沢さんによると、「不眠症の診断基準は、⾃分が眠れていないと思うかどうか」だという。

*柳沢「その⼈が客観的にどれだけ眠れていたかは、今の医療の考えではとりあえず脇に置いています。理由はいくつかありますが、より深刻なものとしては、不眠を訴える患者さんの多くに睡眠誤認があるからです」

睡眠誤認とは、実際に眠れている時間と⾃分が眠れていると感じている時間にかい離がある状態のこと。つまり、客観的には7〜8時間眠れていても⾃分では4時間しか眠れていないと感じるような状態のことだ。客観的な睡眠時間がまったく正常であるにもかかわらず慢性的な不眠を訴える患者はかなり多いそうで、柳沢さんは、不眠症の患者さんには睡眠誤認は良くあることだと語る。

柳沢「だからこそ、寝室の⽊質環境が、主観的な不眠症の疑いに関連があった、睡眠の質に影響する、という結果が出たことは重要なんです」

⽊材が健康に良い可能性

⽊材の何が⼈間の睡眠に影響を与えているのか、そのメカニズムまではわかっていない。⾒た⽬が安⼼感を与えるのか、吸湿性や吸⾳性が優れているからなのか、⼿触りが良いからなのか、⽊材特有のぬくもりのせいなのか、あるいは⾹りのせいなのか。また、今回の研究は働く⼈々を対象にしているため、⼦どもや⾼齢者にとってどのような影響があるのかも明らかではない。

これらの点についてはさらなる研究が求められるが、現時点で⾔えるのは、とにかく寝室に⽊材が多いと睡眠に良さそうだということ。

*森⽥「医学的研究によって⽊材と⼈々の健康状態を検証し、⽊材が健康に良いことをデータに基づいたエビデンス(科学的な根拠)で⽰すことができたのは重要だと思っています。今後は研究をさらに進めてエビデンスを強固にし、社会的な認識を広めていきたいと思っています」

また、多くの⼈は⽊を伐ることは環境破壊と思うかもしれないが、⽇本の⼈⼯林を伐って使うことは環境を守ることにもつながる。戦後、国⼟が荒廃していた時につくられた⼈⼯林は、2020年現在、(建築に使う⽊の太さはほぼ決まっているため)伐るべき時期にきているのである。⽊を伐って使って次の世代の⽊を植えて森林を良い状態に保てば、街と森の両⽅の環境保全につながる。

*森⽥「⽊材は健康に良いというエビデンスがあれば、皆さまに⽊材を使っていただく後押しになると思っています。私たちがしている研究が、世の中の役に⽴つのならうれしいです」

健康状態を改善するためには、⽣活習慣の変化が必須だと思われるかもしれない。しかし、寝室の⽊材を増やすだけで睡眠が改善されるとするならば、それほど労⼒は必要ない。ちょっとしたインテリアを置くなどして、誰でも気軽に取り⼊れることができる。

⾝近に⽊を取り⼊れて、より良い眠りを眠りたいものだ。

*インタビューより 取材日:2020年8月3日

SUSTAINABLE DEVELOPMENNT GOALS

SDGsとは、2015年の国連サミットで定められた「持続可能な社会を目指すための世界共通の17の行動目標」です。2030年を目標とし、より良い社会の実現へ、世界が同じ方向に向くための「道しるべ」として定めたものです。

大切なのは「植える、育てる、収穫する、上手に使う」という森のサイクル。あなたの意識が変わることによって環境をよりよくすることにつながっていきます。

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