アウトドアブーム全盛の昨今、「焚き⽕」が注⽬されている。その秘密は何なのか、アウトドアコーディネーターとして活動する猪野正哉(いの・まさや)さんに魅⼒をうかがった。
火を囲むと素直になれる
キャンプや登⼭がブームになって久しいが、新たなジャンルとして注⽬されているのが「焚き⽕」だ。テレビ番組や雑誌などでは焚き⽕の魅⼒が次々と紹介され、YouTubeでは焚き⽕の映像が次々とアップされている。
「焚き⽕マイスター」と称される猪野正哉さんは、そんなブームのまさに「⽕点け」役と⾔えるだろう。アウトドアコーディネーターとして活動しながら焚き⽕の魅⼒を発信し続け、雑誌やテレビなどメディアへの出演も多く、2020年9⽉には『焚き⽕の本』(⼭と渓⾕社)という本も出版するなど、この分野のパイオニアとして知られる。
猪野さんが「焚き⽕マイスター」になったのは、実はごく最近。元々、焚き⽕どころかアウトドア全般にまったく興味がなかったという。
「むしろ、バカにしていたくらいでした。⼭に登って何が楽しいの?みたいな。育ったところが⽥舎だから⾃然はたくさんあったし」
千葉県で⽣まれ育った猪野さんは、都会に憧れ、浪⼈時代には雑誌のモデルオーディションに応募。約3,000⼈の中から選ばれ、有名ファッション雑誌の専属モデルとしてキャリアをスタートさせた。やがて、モデル仲間とともにアパレルブランドを⽴ち上げることに。当初はセレクトショップを運営するなど順調だったが、次第に資⾦繰りに苦労するようになり、やむなくお店は閉店。膨⼤な借⾦が残り、⾃暴⾃棄になってしまったという。⾒かねた友⼈が、⼭登りに誘ってくれた。
「最初はおっくうでした。半分は無理やり⼭に連れて⾏かされたようなものです。でも、⼭に登って⾃然の凄さを感じたら、それまで悩んでいたことがちっぽけに思えたんです。⼭頂に達すると⼩さな達成感もあったし」
そうしてアウトドアに⽬覚め、登⼭が趣味になり、登⼭ルポを書いたことがきっかけでアウトドアライターとしての仕事が舞い込んでくるようになった。
同じ頃、猪野さんを⼼配した⽗親に呼び出された。私有地である千葉の森の⼀画で薪を焚べ(くべ)、⽕を囲みながら話し合っているうち、猪野さんは事業に失敗したことをはじめ、これまで親に話せなかったことまで話してしまったという。その時の感覚を「⽕に喋らされた」と表現する。
「⽕を囲むと⼈は素直になれるんだと気付きました。焚き⽕っていいな、と思ったきっかけです」
それからというもの、アウトドア関連の仕事で焚き⽕が必要な時は猪野さんが⽕を起こすようになった。そうした仕事が続いていくうちに「焚き⽕といえば猪野」といったイメージができていく。
その後、⽗と焚き⽕をした森の⼀⾓を整備し、焚き⽕を楽しむことをメインとしたアウトドアスペース「焚き⽕ヴィレッジ〈いの〉」をオープン。現在はワークショップなどのイベントや撮影⽤のみ利⽤可だが、⼀般開放に向けても準備している。
「僕は⾃ら焚き⽕マイスターと名乗っているわけではないんです。さすがにそれは恥ずかしい。だって⾃分が何かを⽣み出したわけではないし、ただ先⼈の知恵を借りて⽕を点けているだけだから」
⽊材の有効活用にもつながる、無限⼤の楽しみ⽅
初⼼者には意外かもしれないが、焚き⽕は薪の種類によって燃え⽅が異なる。針葉樹はよく爆ぜ(はぜ)、広葉樹は⽕持ちがいい。乾燥した⽊は⽕の粉が⾶びにくく、煙があまり出ない。
「最初は針葉樹から燃やして、⽕が育ってきたら広葉樹を焚べると燃えやすいです。でも広葉樹はずっと燃え続けるから、⽇帰りの場合、なかなか帰れなくなってしまう(笑)。短い時間で楽しみたいなら針葉樹だけを燃やしてもいいと思います。⽊の爆ぜる(はぜる)⾳を楽しんでもいいし。⾍除けになるので、あえて煙を出す⼈もいます」
どんな⽊が焚き⽕に適しているかは⽬的によって異なるわけだ。猪野さんがよく使うのは、スギ(針葉樹)とナラ(広葉樹)。どちらもホームセンターなどで薪として売っているので⼿に⼊れやすい。また、2019年の台⾵被害で倒れたスギの⽊が何⼗本もあるので、それらを利⽤しているのだとか。焚き⽕⾃体の楽しみはもちろん、⽊材の有効活⽤にもつながっているのだ。
変に⽞⼈ぶることなく、着⽕剤を積極的に使うのも猪野さん流。
「⽕打ち⽯などはなるべく使わないようにしています。焚き⽕って簡単なんですよ。ちょっとしたコツさえつかめば誰にでもできる。難しそうなイメージを壊したいです」
薪の焚べ⽅は、中⼼に⼩枝や細い薪を⼊れて太い⽊を井⼾の形に組む「井桁型」が失敗しにくいという。⼀般的に、キャンプファイヤーではこの形で⽕を起こしていく。⽕を点ける段階ではあまり薪をいじらず、⽕が育ってから少しずつ形を壊していく。
焚き⽕でつくる料理もうまい。トウモロコシやタケノコを⽪付きのまま黒こげになるまで焼くのがおすすめだという。
また、意外な楽しみ⽅もある。
「直⽕にすると、まわりの地⾯もあったかくなって床暖房みたいになるので、それは結構楽しいですね。地⾯にシートを敷いてそこに座るのもいいです。最後に⽔をぶっかけて⽕を消すのも気持ちいいんですよ」
家族でも、ソロでも
猪野さんが主催する焚き⽕ワークショップにはあらゆる世代の⽼若男⼥が参加する。リタイア後に夫婦で参加する⼈たちもいれば、ソロで参加する若者もいる。最近は、⼦どもと⼀緒に参加するお⺟さんが特に多いという。
「誰にでも気軽に簡単にできるのが魅⼒です。焚き⽕は⽇常の延⻑にあるもの。アウトドアの格好なんかしなくてもいいんです。⾃治体などによりルールが異なるので事前に確認し、⽕災防⽌や安全確保に⼗分注意して⾏えば誰にでもできます」
とはいえ、森林⽕災の⼀番の原因が「焚き⽕」であることも事実。キャンプ場など焚き⽕ができる場所を確認し、周囲への迷惑をかからないように注意すれば、アウトドアの⼊⾨として、または親しい⼈とのコミュニケーションの⼿段として新たな選択肢にもなり得る。⽇々の⽣活では味わえない森などの⾃然に囲まれ、⽊々に直接触れる癒やしの機会として、「焚き⽕」という選択肢もありかもしれない。
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