2021/3/10更新
3.11から10年。海も人も豊かにする、南三陸のサステナブルな漁業への挑戦
宮城県南三陸町戸倉で、東日本大震災の翌年に創業した「たみこの海パック」。震災をきっかけに漁業改革を行った結果、”戸倉っこかき”で日本初のASC(サステナブルな養殖)認証を取得。更に「海の環境が良くなるだけではなく、人にも豊かさが生まれた」という。その道のりを代表の阿部さんに聞いてみた。
透明度の高い海から採れる、南三陸の牡蠣
--- 編集部でも食べたメンバーが何人かいて、すごく美味しい!と話題になっていたんですが、まずは「戸倉っこかき」の特徴について教えていただけないでしょうか。
阿部民子さん(以下、阿部) 戸倉っこかきは、養殖期間1年から1年半で出荷しているんですが、どちらかというと身は小ぶりかもしれないですね。でも、うまみが凝縮していますし、臭みがないというか雑味がないのが特徴です。一般的に養殖の牡蠣は10月から始まって3月までが生食で、4、5月が加熱用になるんですが、戸倉っこかきは5月まで生食で食べられる、新鮮な牡蠣なんです。
代表の阿部民子さん。「たみこの海パック」を始めたのは震災後の2012年。
--- 生食は審査基準が高いですよね?特別な養殖方法があるんでしょうか。
阿部 海の透明度が高いということがポイントだと思います。
牡蠣って浅瀬で養殖をするんですよ。山からの水が海に流れ落ちて牡蠣の餌であるプランクトンが育つんですけど、戸倉は地形的に深さがある漁場なので、泥臭くならないんです。漁場によって、味や品質も変わってくるんですよ。
採れたての鮮度でお届けするため、採った牡蠣は、その日の午前中に殻を剥き出荷している。
--- 南三陸の海の特徴が出ている牡蠣ということですね。すごくいいですね!
「たみ子の海パック」はまさにそういった南三陸の海の幸を販売していらっしゃるお店かと思いますが、いつ頃から始められたのですか。
阿部 震災直後の2012年です。その前は家族で漁業をやっていて、ワカメ・ホヤ・牡蠣などを採っていました。私が「たみこの海パック」を立ち上げたときは、震災の影響で養殖がまだ再開できてなかったんです。漁師が瓦礫の撤去などをしながら、漁を再開できるようにがんばっているような状況でした。そんな中で、大きい加工場は再生が早く稼働していたので、「詰め合わせパック」のような商品が売れるお店を作ることにしたんです。
うちは主人が漁師なんですけど、船がかろうじて1船だけ残ったんですね。船を沖出ししなかった人たちは全部流されてしまった。それで、残った船を利用してみんなで一つにまとまってなんとか漁も再開することにはなりました。
牡蠣漁中の阿部さん。海の栄養を十分に含んだ牡蠣が育っている。
戸倉っこかきの漁場。いかだの数は震災前と比べて3分の1となった。
”復旧ではなく、復興しよう”。サステナブルな漁業への挑戦
--- すごくマイナスからのスタートになったんですね…。
阿部 はい。マイナスから立ち上がっていく姿をすごく身近で見ているので、漁業者の漁業に対する思いが、震災前とくらべて変わってきているのを強く感じました。本来一匹狼の漁師たちが同じ船に乗るなんてあり得ないことだったと思います。とにかく漁業を再開するためだけの思いで…、我慢の日々だったんですよね。
最初の3年間は期限付きで国からの支援を受けられるんですが、4年目にはそれぞれ個人経営に戻らないといけないわけです。そのために少しずつでも漁を再開しておかないといけない。そんな状況で、更にその3年間の中で漁場改革もすることになったというのが大きな出来事でした。
--- 漁業改革というと?
阿部 震災が教えてくれたことの一つが「私たちは今までは海からの恩恵を受けていた」と気付かされたことです。津波で漁場は流されてしまいましたが、船で海に出てみると、海底は浄化され、水質の良いキレイな海が蘇っていたんです。
以前はやりたい放題やっていて、漁場のいかだの本数がどんどん増えていっている状況。牡蠣を育て始めてから水揚げするまで3、4年もかかっていたんですよね。しかも身が小さくて、一生懸命数を剥かないと出荷できなかったんです。いかだの数が増えすぎて、牡蠣に栄養が渡らなくなっていたんですね。でも、漁場を改革することで、1年ほどで3倍くらい身の付き方がよくなった。そういう状況を見て、昔の身の付き方の良かった時代に戻ったんだと思ったんです。せっかく漁場がキレイになったんだから、未来にもちゃんと残して行こうということです。元々もっていたいかだの数は関係なく、みんな同じ条件で「復旧ではなく、復興しよう。いい水産物を採り続けていくための取り組みをしよう」と話し合いました。
過密な養殖状態からサステナブルな漁業を取り戻したことで、なんと日本初となるASC国際認証も取得。
--- より良くして行こうということは、すごく大きな変化だと思います。この新しいやり方で牡蠣を作り始めてから、何年ぐらい経っていますか。
阿部 6年目になります。こういうふうに、海の環境を考えながら漁業者が自分たちで規則を決めて、自分事としてみんなが決めたってことは本当に大きいと思います。
今までは漁協の決まりだったので破ることもあったんですが、自分たちが決めたことだと、破る人が誰もいない。実際に変化も沢山起きてきました。休みもきちっと取れるようになったので体も楽になったし、下手すれば震災前よりも水揚げの量も上がっているので、収入も増える。特に、自分の時間が持てるというのはいままでは考えられないことでした。
「働け働け!の時代は終わったんだと思います」
--- すばらしい変化ですね。サステナブルですね…、本当に。
阿部 「働け働け!の時代」は終わったんだなと思いました。
だって前は夜中の2時とか3時から夕方まで、ヘトヘトになるまで殻を剥いていたんですよ…。10kg入りの箱がいっぱいになるまで、小さい牡蠣を剥き続けていたんです。
--- 「夫婦で映画を見に行けるようになった」っていう話を、以前お伺いした際に漁師さんから聞きましたが、以前の状況ではそれどころじゃなかったということですよね。海の環境が良くなるだけではなく、漁業者も幸せになった。
阿部 幸せというか、心に余裕ができたというか。うん、豊かさかな。人それぞれ価値感は違いますけど、自分の時間が持てるっていう豊かさができたんじゃないかな。
ASC認証の取得を記念して作ったポスター。37名の戸倉部会メンバーが勢揃い。
震災からやっと10年。もっと良いことが起きる未来を作りたい
--- ありがとうございます、すごく強烈なお話ですね。では、最後に震災から今年で10年が逹ちましたが、この先の10年後について考えていることがありましたら、お伺いしたいです。
阿部 「たみこの海パック」を立ち上げてからは、ずっと前を見て、とにかく後ろ振り向かないでやってきた10年でした。苦しみや悲しみ、色んな感情を乗り越えてやってきた。私たちにとっては、あっという間ではなく、やっと積み上げてきた10年。だって、何にもないところからスタートしたんです。
これからはやっぱり生活も、仕事ももっと充実できるようにしていきたいし、雇用の場を生みたいと思っています。少しでも長く働ける仕事場があったらいいなって思うんです。
あとはやっぱり漁業者の思いを伝えたい。海って毎日変わるんですよ。波ってね、同じ日がまずない。漁業者もそうなんです。仕事だって同じ牡蠣剥きしているように見えますけど、毎日海と戦ってるわけですよ。戦ってるっていう言い方は語弊があるかもしれないですが、海と向き合っているわけですよね。
商品としてはただの牡蠣になってしまうんですけど、やっぱりそこにはこういう作った人たちの思いや取り組みがあります。結果的に日本初のASC認証を取ったんですけど、石巻も取っているし、どんどん海の環境が良くなれば、すごくいい魚も戻ってくるかもしれないし、いろんなことが良いことが起きると思うので、広がっていけばいいなと思います。
後継者問題っていうのもあると思うんですが、とにかく一生懸命いっぱい働かないと豊かになれなかった所から、漁場改革をすることで、環境や自然と共存するという考え方になった。休みも増えたし、自分の時間もあって、そういう大人の姿を子供たちが見て、後継者に繋がっていけばいいと思います。
やっぱり時代は変わっていくので、無理して続けてきたことは通用しなくなりますよね。だから、通用しないというか良かった時代に戻るっていうのはすごくいいことだと思うんです。新しいものを考えるだけが、新しいんじゃなくて、身入りの良かった時代(乱獲してなかった時代)に戻すことで漁場改革になったわけじゃないですか。震災がいいきっかけになって、考える時間になって、子供たちがそれをちゃんと見てくれていて、自分もこういう漁業だったらできるんじゃないかなって育ってくれるといいなって思います。
「ただの牡蠣ではなく、そこにあるストーリーを伝えたい」と語ってくれた阿部さん。戸倉の美しい海には魅力が溢れている。
--- 今の阿部さんの言葉には大事なことがたくさん詰まっていましたね。
阿部 ほんとに、昔の人たちがやってたことなんですよね。タコにしても魚にしても根こそぎ取らなかった。そうやって資源を守りながらやってきたんだけど、ある時期になって機械化して、人間が自分で自分の首を絞めてきた。だから昔の人たちの良かった時代に戻るっていうのが、これからの新しいやり方だと思います。
新商品なんかを作る必要ないんです。海にはね、いい素材が元々あるんだもん。その素材をよく育てていかなきゃいけないですね。
--- 新商品作らなくていい、もうあるんだと。今日は素晴らしいお話しをお伺いできました。ありがとうございました。
まとめ
取材前に阿部さんとお話しした際、印象的だった一言がありました。「こういった取り組みを続けていくためには、お客さんが欲しいと思ってくれるような商品を作って、買ってもらわないといけないんですよね」。
サステナブルな商品を買うことは、環境や社会に対して前向きに取り組んでいる方々への応援消費になります。今回のストーリーを思い出しながら、一緒に東北を応援してみませんか?
今回の EARTH MALL イノベーター
阿部民子(あべ たみこ)
たみこの海パック 代表
震災の翌年に創業。南三陸の美味しい海の幸を皆さんに届けるため、特産品を選び抜いたイチオシ詰め合わせを販売。
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