2023/12/1更新
SUSTAINABLE JOURNEY
星のや竹富島
沖縄本島の南西に位置する八重山諸島にある島のひとつ、竹富島。サンゴ礁が隆起してできたこの島は、沖縄の原風景が残っています。物資も医療も行き届かなかった時代に、自然の中で育つ野草は心身をケアする食べものとして重宝され、畑で収穫した芋は、主食として親しまれていました。そうした食文化は島に暮らすおじいやおばあから伝えられ、いまもなお地域に脈々と根付いています。「星のや竹富島」は、島の土壌で育った植物性の食材を軸に、伝統的な食文化とフランス料理を融合した「島テロワール」を腕利きのシェフが編み出しました。この冬は、「島の食文化」に触れるサステナブルな旅をしてみませんか?
石垣島港からフェリーに乗り、竹富港へ。港から宿まで向かう道沿いは、ジャングルと牧草地がどこまでも広がっている。車で走り抜け、いざ「星のや竹富島」へ。足を踏み入れると、珊瑚の砂が敷き詰められた小路、「グック」と呼ばれる石積みの塀、琉球赤瓦の木造平屋建築がほどよい距離感で立ち並ぶ様子に島独自の文化を感じずにはいられず、そのひとつひとつの意味を知りたい気持ちに駆られる。
心地よい風が吹く土地で育った、エネルギーを蓄えたハーブや野菜を食す。
亜熱帯海洋性気候の特徴を持つこの土地は、日照時間が長いという。木々や生い茂る草花の影が小路に映し出され、散歩するものたちの目を楽しませる。視界を遮るものはなく、高い空と心地よい風が、自然と開放的な気持ちを誘う。辺りを見渡すと、太陽のエネルギーと海が働きかけるシーセラピーを享受したハーブや植物がいきいきと育っている。
レストランに向かう道の途中にドリンクやおやつを楽しめる「ゆんたくラウンジ」がある。竹富島で歌われる民謡が雰囲気たっぷりに流れているこの空間は、宿泊客たちが“第2の客室”のように憩える場だ。ちなみに「ゆんたく」とは、沖縄の言葉で「おしゃべり」という意味。その言葉の通り、ゆったりと腰をかけられるソファや大型のソファーベッドで心おきなく、くつろぐことができる。
山羊食文化、発酵食文化に光をあてた「島テロワール」のエッセンス。
そして、この旅のたのしみのひとつは、料理長・青木優司さんが作る「島テロワール」と名付けられた竹富島ならではのフランス料理。「テロワール」とは農作物を育てる際に影響する土壌や天候、土地、地形、歴史、人のこと。島の食材を使い、山羊食文化や発酵食文化を緻密に編み込んだ全7品のコース料理(総料理長・中洲達郎 監修) が提供される。
そもそも、竹富島の食文化は、ハーブや大豆、芋といった植物性の食材をメインにした料理が主食だと、青木シェフが教えてくれた。「医食同源」という「食べるものと、薬になるものの源は同じ」という考え方に基づいた営みが連綿と語り継がれてきたという。
植物性の食材は、一般的にはメイン食材の引き立て役として使われることが多いが、島の文化に倣い、メインと脇役というわかりやすい区別をせず、それぞれの味が存分に引き出される調理法で、丁寧に編み込まれている。期待が募る一皿目に届けてくれたのは「ディーツのクネル 水牛ミルクのクリームソース」だ。
植物由来食品のディーツ(大豆のおからとこんにゃくが原材料)と豆乳、タピオカ粉を混ぜ合わせ、ニョッキのようなもちもちとした食感のクネルを仕上げた。ベースに敷かれたまろやかな水牛ミルクのクリームソースを絡めながらいただくと旨みが増す。
島で親しまれる芋や豆をおいしく味わうために。
素朴な素材を見事に洗練されたフランス料理へと繋げた一品は、スターターに相応しい胃腸にやさしい、軽やかな味わいが印象的。ディーツに絡むソースは、しっかりとしたコクや旨みがあり、温前菜でありながらも食べごたえも十分だ。
「芋、豆は島で収穫できる主な食材です。そして、タピオカ粉は、かつて沖縄で盛んに栽培されていたキャッサバ芋の粉なんです。クネルはニョッキのような食感なのでクリームソースが合うのでは、とひらめきました。農耕のために島の人々は、水牛とともに生活を営んできた歴史があります。そうした背景を伝えたいと思い、竹富島と関わりの深い水牛のミルクを使ってソースを作っています。ディーツそのものが濃い味ではないので、ソースと絡めていただくことで味に調和が生まれると考え、このクリームソースが生まれました」と青木シェフ。
竹富島の人たちの健康を支えてきた、生命力の強いハーブを取り入れる。
こうして一皿を丁寧に紐解くだけでも、“竹富島のエッセンス”が凝縮されていることが伝わってくる。ディーツを華やかに彩るのは、エディブルフラワーと竹富島で親しまれるハーブだ。
「ちょこんと乗せた緑の葉っぱは、長命草(ちょうめいぐさ)というもの。その名の通り、先人たちは、『長命草を1株食べると寿命が1日延びる』と口を揃えていたようなんです。そうした言い伝えが脈々と受け継がれてきたので、いまもなお、長命草が大切に育てられています。このハーブ自体、生命力が強いので一株からたくさん生えてきます。今は、島に医者が常駐していますが、かつては、医療機関は海を隔てた石垣島にしかありませんでした。薬に頼らず、自分たちの力で健康を守る考え方が根付いていたようです」
そして、注目の一皿は、「ヒージャー(山羊)のテリーヌ ビーツのアクセント」だ。木の葉や木の実など、自然の美しい景色と野生動物の生のエネルギーが重なり合う、躍動感のある盛り付けに心が華やぐ。
山羊の肉とレバーをキューブ状のテリーヌに。「山羊の血を使うことで味にひねりを加えました。貴重な命をいただいているので、余すことなく調理したいという気持ちから生まれたアイデアです」。テリーヌの底の部分にティムールペッパーという山椒がふりかけられている。
いのちや食材を無駄にしない食べ方で届けること。
スパイシーな味がアクセントになったヒージャー(山羊)のテリーヌは、想像以上に食べやすく、臭みが強い山羊肉の印象をガラリと変えてくれる力がある。
「沖縄には山羊肉文化があります。かつて食糧が少なかった時代、島の人々にとって山羊は大変貴重な栄養源でした。祝い事や、体力回復のための滋養強壮として食され、いのちをいただくときは、肉や内臓のすべてを無駄にせずに食していた歴史があります。そうした地域独自の食文化や精神性を僕らも受け継ぎたいと思いました。ただ、臭みが気になってしまってどうしても気が進まない、という方もいると思います。そうしたネガティブな要素を感じさせないおいしい山羊肉はないか、と自分の足で探してみることにしたんです」
そこで巡り会ったのが、『新垣ヤギ牧場』の新垣さんが作る山羊肉だ。
「新垣さんは山羊食文化を残したいという想いから牧場を立ち上げたとても意識が高い方。ここの山羊肉は、『本当に山羊肉?』と問いたくなるくらいに臭みを感じず、フレッシュでおいしいんです」
その秘密は、出荷時の年齢制限にある。「新垣ヤギ牧場」は、1歳半から2歳くらいまでの山羊を出すようにしているという。
「歳をとった山羊の体長は大きいですが、肉そのものはどうしても臭くなってしまうものなんです。日本の山羊は搾乳用のものがほとんどなので、新垣さんは、海外の山羊の種を沖縄に持ってきて、ご自身で食肉としてのおいしさを追求するため交配しています。そうして、肉の質を引き上げる努力をリスペクトしています。実際、新垣さんに話を深く聞いてみると、山羊は一般的な草食動物と違い、首が上向きに動くので木から生えている葉っぱも食べられる、とのことで。どうやら山羊は、毎日同じ餌を与えていると食べなくなるグルメな生き物らしく(笑)、そのときどきで自分に足りていない必要な栄養素を摂取するために、必要なエサを選びとって食べるようです。だから、山羊肉は非常に栄養価が高く、アスリートたちにも好まれる食材として親しまれています」
山羊や肉の特徴を深く理解した上で作られた一皿は、「文化を伝えたい」と
願う純粋な気持ちが込められている。次にサーブされたのは、メインディッシュの「島醤油のもろみ粕に漬け込んだ牛フィレ肉のパネ」だ。
沖縄で受け継がれている発酵文化を取り入れた一皿。島醤油を作る過程で出るもろみ粕を混ぜた糠床に牛フィレ肉を漬け込んだ。独特の発酵香と肉汁を閉じ込めるために肉をパン粉で包み、揚げ焼きにしている。人参や島らっきょうももろみ粕に漬け込んでローストした。
もろみ粕を漬け込んだ牛フィレ肉をそのまま味わった後は、青パパイヤやゴーヤを使ったコンディメント、焦がしバターのベアルネーズソースで味変してみると、食す楽しみが増す。ちなみにソースの隠し味にも島醤油が使われているのだとか。「星のや竹富島」スタッフの長谷川丹菜さんは島醤油作りに参加した経験があるという。
「元々、竹富島の一家庭では、小さめのやちむんの壺をひとつ持ち、醤油を仕込んでいたそうです。やがて時代が変わり、スーパーで醤油が手に入るようになって、家では醤油を作らなくなったと聞きました。いまでは、島にある醸造所は『ガニク醸造所』というひとつだけに。この島醤油を大切に守り続けたい想いから、醤油作りに参加しました。作ったときの絞りカスであるもろみは、島ではご飯のお供にしたり、お茶と一緒に食べたりしていた文化があります。その日常の味こそ竹富島ならではだと感じ、もろみを生かした料理を青木シェフに考案してもらいました」
島固有の食材と向き合い、ここでしか味わい尽くせない料理を研究し、試行錯誤の末に生み出された「島テロワール」。伝統を守りながら、素材が持つ魅力や新たな味わいを引き出した一皿一皿は、味わった後もなお、竹富島の食文化を深掘りする旅へと誘ってくれることだろう。
PROFILE
星のや竹富島
竹富島の東に位置する琉球赤瓦の集落「星のや竹富島」。
約2万坪の敷地には、島内の家々と同じように「竹富島景観形成マニュアル」に従い、
伝統を尊重して建てた戸建の客室、白砂の路地、プール、見晴台などがあり、小さな集落が構成されています。
星のや竹富島
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Photo by: Takeshi Abe
Edit & Text by : Seika Yajima