TOHOKU HEROES 愛情たらこのみなと 店舗運営責任者・木村 朱見さん

あれ、たらこなのに、赤くない。驚くかもしれないが、「愛情たらこのみなと」が手がけるたらこはこの優しい桃色が特徴だ。無添加無着色にこだわり、化学調味料を使わない製法は創業以来守り抜かれている伝統。それはあの日起きた災厄でも途切れることはなかった。店舗運営責任者・木村朱見さんに話を聞くと、楽天市場を通じてイーグルスや他の店舗経営者と出会ったことで震災から復活を遂げたという。津波で多くを失いながらも希望を捨てず、笑顔で前を向き続けた1人の女性の、愛情に満ちた10年間の物語。

――東北のどんなところが好きですか?

「東北ではお米をはじめ、山のものも海のものも新鮮なうちに全て手に入ります。そして、東北の人はへこたれずに立ち向かう我慢強さと力強さがあって、たくましいんですよ。私は石巻から出たことはありませんが、仕事で全国各地に行く機会があると、改めて地元・東北のよさを感じます。石巻では震災以降、この10年で死亡や転出などで2万人の人口減になりましたが、震災を機に石巻に関わってくれた人がそのまま移住してくださることもありました。人懐っこく、他者を受け入れる東北の土壌が、関わってくれた人に好かれたのかなと思います」

――震災のときのことについて教えてください。

「会社で被災しました。目の前の坂道は逃げる車で渋滞になり、『車が90度に傾いてしまうんじゃないか』というような揺れもありました。津波警報は出ていましたが、中学生のときに経験した三陸沖地震では10センチくらいの津波しかきませんでした。ここは海も見えないような場所ですし、私たちも逃げずにいたのですが、社長が『マンホールから水があふれていて危ない!逃げろ!』と言って、自社建物の3階に逃げることにしました。みんなで駆け上がっている最中に、あっという間に津波がきて……。あの恐怖は一生忘れられないです。

私たちが逃げたのは福利厚生のために完備していた45畳ほどの大きな部屋。そのまま避難所になり、最大で70人を2か月間受け入れました。私たちは急きょ、運営側に立つことになったんです。震災直後の数日は、運よく震災の前日に焼きたらこ製造に必要なガスボンベを満タンにしていたため、重くて流されなかったものが数本あったので、わずかに残っていた3合の米と、製造のための残っていた水を使って米の形がないおかゆのようなものを作り、配ったりもしました」

――ご自身も大変な思いをされながら、地域の人のために動くことができた原動力はなんでしょうか。

「社長も、同居している義父母も一緒に逃げて、生きていることがわかっていたからですね。1人でも身元不明になっていたら、まず探しに行かないといけない。生きていたからこそ、人の世話ができたと思います。当時は『つらいときこそ笑っていよう』と合言葉のように自分に言い聞かせていました。家も車もお金もなく、借金だけが残って先が見えない絶望の中で、これからどうしていけばいいんだろうと思いながらも、せめて自分たちの避難所は、ご縁があってうちに避難してきた人たちとだけでも明るく笑っていたかった。社長のポジティブな考え方にみんなが引っ張ってもらいました」

――あれから10年が経ちました。一番苦労されたことを教えてください。

「やっぱりお金です。ゼロではなくマイナスからの再出発でした。震災直後は会社の再建が1年や2年では絶対に厳しいだろうと思っていたので、まず10年を目標にすることにしました。その最中、2020年に東京でオリンピックが行われることが決まって、『震災のときには国内はもちろん、世界からもご支援やご声援をいただいた。あのとき支援してくれた人に、“おかげさまで”と、ちゃんと生きて元気に笑っている姿を見せることこそ恩返しだ』と思うようになったんです。

その10年を目処に頑張ってきて、やっとここまできたのに、今度は新型コロナが流行。なんで生きているうちにこんなに試練がやってくるんだろうという思いもありますが、今つらくてもこの先は必ず笑える日がくるし、いろんな人とハグできる日がくると信じています。震災のときも『あれもできない、これもできない』ばかりでしたが、知恵や工夫でやれることを1つずつやってきました。今がまたそのときなんだと思います」

――笑顔が印象的な木村さん。笑顔の秘訣を教えてください。

「ずっと『泣いちゃいけない』『笑っていなきゃいけない』と考えすぎて、一度壊れてしまったことがあったんです。そのときに私を救ってくれたのが、楽天市場を通じて出会った方々でした。いろんな物資を積んで東京から車で来てくれた仲間が泣きながら会いに来てくれた姿を見て、『自分も泣いていいんだ』と感じて初めて涙が出ましたし、頑張りすぎなくてもいいんだと思うようになりました。

そして、震災から3年目の2013年には楽天イーグルスが日本一になりました。1年目2年目は私の周りでもみんな『がんばろう』で頑張れていたのですが、3年目くらいには身体に不調をきたしている人や、会社を休むようになったり朝起きれなくなったりする人も出てきて、頑張っても一向に先が見えなくて精神的に頑張りきれず、心が折れそうになっていました。そんなときに楽天イーグルスの快進撃が始まったんです。最下位を争っていたチームの躍進は、私たちに『夢を持っていいんだ』『夢は諦めなければかなうんだ!』と、東北が1つになって前へ前へと進む勇気をくれました。日本一が決まる最後の最後で、前日にあんなに投げたマー君(田中将大投手)を当時の星野(仙一)監督が『たなかー!』と叫んで登板させたことやマー君が『あとひとつ』の音楽と共に登場したあの場面では、私たちのもがいた3年間の想いも詰まっていて、号泣しながら応援した記憶は一生忘れないですね。私たちを支えてくれた楽天イーグルスの日本一は、身内のことのようにうれしくて、本当に感謝しています。

仙台ではなく、『東北楽天ゴールデンイーグルス』と東北を名乗ってくれたこともすごく大きかったです。東北一丸となって世界に発信していくという意味もあると思います。優勝争いをしてもらいたいのはもちろん、地域と密着してこれからも子どもたちに夢を与えてもらいたいですね」

――愛情たらこさんが、楽天市場に出店することになったきっかけはなんだったのでしょうか。

「楽天イーグルスができると同時に楽天さんが仙台に事務所を構えることになり、声をかけていただいて楽天市場に参入しました。それまではカタログギフトが中心だったのですが、ネット通販は初めて。『どうやってやろう』という不安が山ほどありました。そこで楽天大学に入り、サポートを受けることにしたんです。ネットでは検索機能を使って全国の人が見てくれますし、カタログよりも情報をたくさん載せることができる。商品への細かなこだわりや、私たちがどういう思いを持っているかを書けるようになり、まるで営業マンが増えたように注文が入りました。

一番大きかったのは、私たちが作る無添加無着色のたらこを求めている人が全国にたくさんいると気付けたことです。たらこは魚卵なので、大きさも形も色もみんな違います。それを機械で一緒くたに漬けるのではなく、私たちは手で漬けています。手間と時間はかかりますが、たらこに聞きながら漬け上げる作業をしています。優しく丁寧に、ストレスを与えないように製造するから、“愛情たらこ”。楽天市場に出店後にいきなり「たらこランキング」で1位になり、注文が殺到しました。創業から40年、変わらない製法です。

楽天の他の店舗さんや、楽天大学のがくちょ(楽天大学学長・仲山進也さん)に出会えたことも感謝しています。自分の業界以外の人たちとも会って話ができたことや、同じ経営者目線で学べたこともよかったです。他の店長さんたちにもさまざまな苦しい事情があります。楽天市場にかけて倒産の危機から会社を立て直したという話を聞いているうちに『日々頑張っているこの人たちと一緒に戦わなきゃ』『いつまでも“被災しているからしょうがない”と甘えていてはいけない』という気持ちにさせてもらいました」

――10月15~17日に楽天生命パークで行われる物産展では、どんな商品を販売する予定ですか。

「スモークたらこや明太子、煮たらこなどの5種類を、それぞれ税込500円で販売しようと思っています。普段はこの値段では絶対に買えませんよ(笑)この煮たらこは、熊本で震災が起きた際に楽天さんに声をかけていただき、『なにか恩返しを』と開発したものです。当時、たらこは冷凍か冷蔵でしか販売できなかったのですが、自分たちが被災したときのことを思い返すと、水も電気もない中ですから、常温で腐ってしまうものはかえって迷惑なんです。そこで、避難所などでおかずになる、常温にできる煮たらこを作ることにしました。社長と研究室の栄養士たちが開発してくれて、おにぎりの具材として4000個分を無償提供し、楽天さんが熊本に届けてくれました。そのときの常温開発技術が今でも進化し、茶漬けやスモークたらこ、明太子パスタソースに生きています。おつまみやご飯のおかずにぜひ、いかがでしょうか」

――最後に、全国の皆さんへメッセージをお願いします。

「東日本大震災では、全国からたくさんのご支援と温かいご声援をいただき本当にありがとうございました。何度も心が折れそうになりましたが、その度にレビューや実際にいただいたお手紙に励まされましたし、『もっとおいしいものを』と頑張ることができました。私たちができることは安心安全で、お客さまに本当に喜んでもらえるたらこを作ること。食卓に並んだときに会話が広がって、にぎやかな食卓になる。そんな応援ができればと思っています。これからもよろしくお願いいたします」

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