料理好きたちのダイニング スープ作家 有賀薫さん

2021.10.21

作る、食べる、洗う。
すべての食の時間を“団欒”に。

―今日はご自宅でお料理をご披露いただきましたが、まずリビングがとても素敵です!
ここにはもう20年以上住んでいるのですが、2019年の春にリフォームをしてこのキッチン機能付きのごはん装置を作りました。ここで食材を切って調理して、そのまま食べて。さらに(台の下に)食洗機が付いているので、作る・食べる・洗うのすべてが完結できるんです。調理器具や食器、冷蔵庫もすぐ手に届く位置にあるので「あれ取って」と言われても、座ったまま。
―機能的で良いですね。キッチンをリノベーションされたのは、従来のキッチンにどこか使いづらさを感じていたからなのでしょうか?
私が料理の仕事をするようになって、もともとあったキッチンだと手狭になってしまって。本当はキッチンを大改造する予定だったんですけれど、ふと『未来型のキッチン』を作りたいと思い立って。やっぱり今って、皆さん忙しくて料理をフルでやるのって平日はなかなかできないじゃないですか。でも、一週間は平日の方が多いわけで。平日に、簡単だけれど豊かに食べられる方法はないかな? と考えて、そのプロトタイプがこれなんです。
―未来型のキッチン! どんなところにこだわって作られたのですか?
まず、コンパクトであること。テーブルの真ん中にあるIHコンロと小さな流しというコンパクトな作りですが、野菜を焼いたり、スープを作ったり、ちょっとしたものであればこれで十分。
もう一つは男女関係なく、それこそ子どもも皆んなで参加できる場所であること。(従来型の)キッチンって基本的に一人用なんですよね。ここなら、食べ終わった食器を流しに寄せて、軽くゆすいで、食洗機に入れるという流れが作れるので、それまで孤独な作業だった作ったり片付けたりということが、皆んなで一緒にできる。これは、これからの家族に合ったスタイルになるんじゃないかと思っています。
―作る時間、片付ける時間も家族の団欒になれば、食べることがもっと楽しくなりますよね!
コロナの前までは、皆さん忙しくて「電子レンジでできる」とか、「とにかく時短! 手間を掛けたくない」という感じがしていたんですけれど、家にいる時間が長くなったせいか、少し生活に変化をつけたい、料理をちょっと楽しみたいという人が増えてきた気がしてます。
例えば時短料理だって、もちろん忙しい人の助けになるということも大事だけれど、本来それが目的ではなかったはず。それこそ、今日使った『電鍋』も放っておけるから、その間におしゃべりもできる。作る人がキッチンに籠もっていたら、何もできないですからね。ただ実用的、機能的ということではなくて、料理が面白いな、楽しいなと思えるアイデアが提案できたらいいなと思っています。
―ネットショッピングを利用されることもありますか?
最初は本とか大きいものを買っていたのですが、意外と食材もいろいろなものがあるんだなと知りました。特に、住んでいるのが都心から少し離れたエリアだと近所のスーパーで手に入らないものって多いんですよね。そういう時に、とても便利です。今日のメニューに合いそうだと思って淹れた<阿里山 烏龍茶>も、ネットで購入したんですよ。

スープの基本は
<具材><出汁><調味料><オイル>
の組み合わせ

―スープ作家としては、いつ頃から活動されているのですか?
2014年からです。それまでは家でスープをひたすら作っていたのですが、周りのすすめもあって本を出版してみることに。スープって野菜がたくさん摂れるし、残った食材とかも使えるし、調理や片付けも比較的楽。意外と現代の食生活にフィットするのかなと思って。朝のスープ作りも2011年から始めて、気が付けば今年で10年目です。
―毎朝のスープはどのようにレシピを考えているのですか?
朝起きて冷蔵庫を開けて、どうしようかなと考えることが多いです。その日にある野菜と、お肉がちょっとあるといいなとか。パッと発想しているわけじゃなくて、「今日、冷蔵庫の中使っちゃわなきゃ」って、今あるものでなんとかする。さらに家族の好みもあるから、その中で工夫をしてみる。特別なことじゃなくて、皆さんと同じですよね。
―冷蔵庫にある食材を上手に活用するための、コツがあれば教えてください。
私の中でスープの方程式というのがあって、<具材><出汁><調味料><オイル>の掛け合わせで無限にできるんです。具材は肉、魚貝類、野菜とか。どれも旬がありますし、その組み合わせでも変化が生まれます。そこに鰹出汁や中華出汁、洋風だったらコンソメもあるし、具材から出るものを利用することも。次に調味料。例えば、塩味を付けたいのなら塩、醤油、味噌が基本になってきます。あと、料理の国籍を決めるのがオイル。ごま油、オリーブオイル、バターとか。あとは乱切り、千切り、輪切り・・・具材の切り方や厚みを変えるだけでも違った食感が楽しめますよ。
―これまでたくさんのスープを作ってこられたと思いますが、特に思い出深い一皿はありますか?
やっぱり、最初の日に作ったスープですね。クリスマスの翌日で、冷蔵庫を開けたらクリスマスのご馳走に使おうと思って忘れていたマッシュルームがあって。そんなに日持ちはしないし、どうしようかと考えて<マッシュルームのスープ>を作ったんです。それが、すごく美味しくできて。当時、冬休みだった息子がちゃんと朝に起きてこなくて困っていたのですが(笑)、「美味しいスープができたよ」と声を掛けたらスッと起きてきて! スープがあると起きてくるんだと驚いたのですが、そのときのことを今でもよく思い出します。

作り続けて気付けば10年、
スープはまだまだ面白い。

―最初の一皿から10年もの間、スープを作り続けられた原動力は何でしょうか?
最初のうちはSNSに投稿して皆さんが反応してくれるのが嬉しかったですね。それが仕事になってくると、皆さんが試してみたくなるようなレシピをもっと研究してみよう。それならば、なるべくシンプルで作りやすくて、野菜もたっぷり摂れるスープを作ろうと考えるうちにスープを作ること自体が楽しくなっていました。
あとは、色々な料理のお悩みにスープで応えていくという面白さも。例えば「電子レンジでできるスープ、ありませんか」とか聞かれたら、そのたびに球を打ち返すというか。
そう思うと、私って常に“打ち返し”の人生なんです(笑)。大いなる野望があるわけでもなくて、皆さんがちょっと期待してくれたり、反応してくれることに対して「よし!」って取り組むうちに続いちゃったんです。続けようという強い意志でやってきた感覚が全くしなくて、続いちゃったというのが、一番近いかもしれないです。でも今年の12月で、丸10年なのであと2ヶ月は絶対に続けようと思っています!
―さらに11年目、これからやってみたいことはありますか?
毎朝スープを作っていましたし、もともと頻繁に旅行に行くタイプではなかったのですが、スープの旅に出るのも楽しそうですね。
行ってみたいのは、イタリア。世界のどこに行っても、その土地でとれた野菜やお肉を入れたり、芋とか豆とかの炭水化物を入れて煮込んだようなスープってあるんです。いわゆる庶民の食べ物なんですよね、安価で簡単に、お腹がいっぱいになる。私はそんなスープを作ることを目指しているんですけれど、そういう(ベーシックなスープの文化が)一番残っているのがイタリアなんですよね。スローフードみたいな考え方も浸透している国なので気になっています。
日本国内もまわってみたいですね。都市生活者はスーパーに行って料理するしかないんですけれど、日本だって地方色があるから、本当はその土地のものを食べるのが一番、環境的にも栄養的にも良い。あちこちの地元のスーパーに行ってみたり、地域の生産者さんを訪ねられたらいいな。そのときは、鍋と塩を担いで(笑)

有賀薫(ありが・かおる)

スープ作家。10年間、約3500日以上毎朝スープを続けながら、シンプルで作りやすいスープを各種メディアで発信しつつ、家庭料理のバージョンアップを進めている。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で、第5回料理レシピ本大賞入賞、『朝10分でできるスープ弁当』(マガジンハウス)で第7回料理レシピ本大賞入賞。著書に『有賀薫の豚汁レボリューション』『何にも考えたくない日は スープかけごはんで、いいんじゃない?』『スープ・レッスン1・2』(プレジデント社)など。

撮影:猪原悠(TRON)
編集・インタビュー:長野宏美