料理好きたちのダイニング スパイス料理研究家 印度カリー子さん

2021.8.25

スパイス料理の基本は
「タ・ク・コ」の3種類!
じつはとっても、シンプルなんです。

―スパイス料理研究家として活動されているカリー子さん。ずばり、カレーに目覚めたきっかけは?
5年半前、大学1年の頃です。上京して一緒に住んでいた姉がインドカレー好きだったので、姉のためにつくるようになって。いつしか自分も好きになって、日常的に食べていないと物足りないほどに。カレーって飽きないし、毎日食べたくなるんですよね。小麦粉を使わなかったり、今回のダルマカニのように豆や野菜が中心で、胃に負担の少ない食材も多いんです。
食べるとワッと汗をかいて気持ち良いのも好きなところ。香りもすごく刺激的だし。例えば「土用の丑の日」と言って親しまれる鰻も、夏に食べるには少し甘ったるくて重いけれど、そこに山椒をかけると一気に爽快感が出て、もっと食べたいという気持ちにさせてくれます。それが、スパイスの素晴らしさですね。
―なるほど! 山椒もスパイスと思えば、日本人にもグッと身近になりますね。でも「スパイスからカレーをつくる」と聞くと、途端にハードルが高いと感じる人は少なくないと思うんです。
スパイス料理って、じつはとってもシンプルなんです。基本的に<ターメリック><クミン><コリアンダー>、私は「タ・ク・コ」って呼んでいるんですけれど、この3種類さえ揃えれば、気軽にはじめられます。そこに辛味を加えたかったら唐辛子やカスリメティ。カスリメティはインドではポピュラーなハーブで、日本で言うシソみたいなイメージ。なくても完成するけれど、あるとより豊かになります。
―ほかに、初心者だからこそ押さえておくべきスパイスの使い方はありますか?
そうですね・・・意外とスパイスって、少量でも十分においしくできるものなんです。日本で言うスパイスカレーって、スパイスを何種類もたくさん入れるイメージがあると思うんですけれど、やっぱりそれって香水が香りすぎているのと同じで、ちょっと派手なんですよね。
それこそ、今回ご紹介した豆のカレーはスパイスを入れすぎると、あまりおいしくなくなっちゃう。例えると、清楚な女の子がバラの香りが強すぎる香水をつけていたら、なんか違うなって思うような(笑)。カレーも同じで野菜や豆は香りが強くないので、できるだけ引き算してスパイスの量も少なめにしてあげると、素材の良さが際立ってくる。逆にマトンとかの主張が強い子には、バチッとつけまつ毛を付けてあげるようなイメージで、しっかりとスパイスを使ってあげたほうがグラマラスに仕上がります。一言にスパイスカレーといっても奥が深くて、それが面白いところでもあるんです!
―スパイス料理の材料は、いつもどこで入手しているんですか?
インド系のスーパーを探して行くこともありますが、それこそ、楽天市場はめちゃめちゃ使っています! 送料無料のショップをいくつかリストアップしていて、豆を買う店はここ、ギーを買う店はここって分けておいて「お買い物マラソン」のタイミングで、買い回りをします。ポイントもたまってお得だし、すごく楽しいです(笑)。新しいものを買うときは、レビューも参考にしていますね。評価を見るのと、価格帯を比較して、品質や性能もよく調べて。レシピ本なども、書店で欲しいなって思ったものを楽天市場で買っていますよ。

“つまらない”毎日を変えてくれた、
スパイスカレーとの出会い

―幼少期から食への興味は強かったんですか?
食べることは、小さい頃からものすごく好きでした。それこそ、高校も調理科に行きたい気持ちもあったんですけれど「料理は大人になってからでもできるよ」という親の勧めもあって。数学も好きだったので大学進学の道を選びました。
料理にも興味はありましたが、キッチンに立つようになったのは、実家を出てから。我が家ではキッチンは母の場所で、休日には立ってもいいよというレベル。それが、上京したら自分のキッチンがあるわけですよ! それが幸せでしたね。何をつくっても、とことん自由なんですから(笑)。姉と二人で「カレーが好きなら毎日カレーでもいいんじゃない? なんなら、3食インド料理でもいいんじゃない?」って。
―まさに、スパイス漬けの生活だったんですね。
ずっと研究者になるつもりだったので、カレーに出会わなかったら、たぶん大学院に残って研究をしていたんだと思います。教師や研究者の多い家系だったので、なんとなくそういう道に行くんだろうなと。全く将来の夢とか、やりたいこと、好きなことがなかったんです。サークルにも入ってないし、友達も少ないし、飲み会も嫌いだし、ずっと曇天の中を歩いていたような感覚で、本当につまらない毎日でした。
そんなときにカレーに出会って。つくるのも楽しいし、おいしいし、姉も喜んでくれるし。自分の好きなことを話して、それを受け入れて、喜んでくれる人までいて。その広がりを実感できたことで、日々の生活がとても楽しくなりました。自分がカレーをつくることでこんなにも幸せな気持ちになれたので、スパイスカレーが難しいと思っている人にも「簡単だよ」ってことを伝えたい! と思うようになって、初心者のためのスパイスショップを開いたり、レシピ本を書きはじめるようになったんです。
―そこから、スパイス料理研究家として活動していこうと決心するまでにはどんな過程があったのでしょう?
スパイスショップは大学生のときにはじめたんですけれど、まだ自分には料理研究家としてやっていくほどの社会的な信頼がないと感じていました。いっぱい料理もつくっていましたし、人一倍勉強しているつもりではいましたけれど、22歳の女の子から何かを学びたいと思うベテラン主婦はいないと思ったんです。
なので、この道で生きていくための基礎づくりをしようと大学院に進みました。専攻も、大学で学んでいた物理学科じゃなくて、スパイスのことが研究できるようなところにいったら仕事にも役に立つと考えました。スパイス料理を科学的に研究して、ちゃんと卒業すればより信頼もしてもらえるようになるかなと思って。
―今年、大学院を卒業されたカリー子さん。スパイスの仕事と二足のわらじでの生活を振り返ると?
大学院を卒業後に会社を設立しようと思っていたんですけれど、私の想像以上に世間の皆さんに応援していただいて。院に入ってから半年くらいで、仕事の量が倍ぐらいになりました。まさに週5で働いて、週5で大学院をやっている感じだったので、本当に・・・大変でしたね。でも、自分の本当にやりたいことはなんだろうって思ったときに、どんなに忙しくてもキッチンに立ってカレーをつくっている時間が楽しくて仕方なくて。それが仕事になったら、わたしはすごく幸せなんだろうなと、この道で生きていきたいという想いはますます強くなっていきました。

スパイスやカレーを通じて、
ハッピーな文化を広げていきたい!

―改めて、自分の将来の夢に向き合えた充実の2年間だったんですね。
そうですね。忙しかったから大変、ツラいと言いがちだったけれど、大学院も楽しかったんですよ。新しいスパイスの知見も得られたので、料理に対する科学的なアプローチを知ることができたし、どういった研究が今されているのかといった最新のスパイス研究のバックグラウンドを知ることもできて。
この活動をする上では、よくスパイスの効能とかも聞かれるんですけれど「こういう効能は分かっているけれど、まだここまでは解明されていない」といったことをハッキリと言えることは、すごくプラスになっていますね。今の時代、誰もが自分でも調べられるじゃないですか。だから自分の言葉には、ちゃんと責任を持ちたいんです。一つ一つの発言に裏付けができるような学びを続けていれば、若くても料理研究家として活動していけるんじゃないかと自信になりました。
―最後に、今後の夢を聞かせてください!
スパイスやカレーの魅力的な部分を伝えて、もっとハッピーを広げていきたいです。例えば「毎日料理を忙しくつくって、家族に食べさせるだけ。つまらないな・・・」と思っている方がいたとして、その方々にカレーづくりの楽しさを教えてあげることができたら、いつもの食材にちょっとスパイスを足すだけで、おいしい料理ができますよね。しかもカレーって老若男女が好きな味なので、旦那さんも子供も喜んでくれる。自分もつくっていて魔女になったみたいで楽しい、とか。そんなワクワク感が共有できたらいいなと思います。
ハッピーな人が増えて、みんながカレーをつくるようになる。すると、もっとスパイスが買いやすくなって、コンビニでカラチャナやマタルといった豆だって手に入るようになるかもしれない。そうやって広がっていけば、スパイスは食事だけじゃなくて、いろいろな生活習慣、考え方、そのアイデアが派生して芸術、音楽などにも広がりうるものだと思っています。そんな文化を広げるために、これからも活動を続けていきたいです。私も今年大学院を卒業して、ようやくスタートラインに立てたので、まだまだここから。いつか、スパイスカレーがルーを凌駕するときが来ると思いますよ。あと5年くらいですかね・・・!

印度カリー子(いんどかりーこ)

1996年11月生まれ、宮城県仙台市出身。スパイス初心者のための専門店 香林館(株)代表取締役。「スパイスカレーをおうちでもっと手軽に」をモットーに、初心者のためのオリジナルスパイスセットの開発・販売をする他、レシピ本執筆、大手企業と商品開発・マーケティング、コンサルティングなど幅広く活動。著書累計発行部数は25万部超(2021年8月現在)
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撮影:猪原悠(TRON)
編集・インタビュー:長野宏美