Monthly Food Letter 【May.】ジョージアの新酒祭り

2021.5.12

“ジョージア”と聞いて、何を思い浮かべるでしょう?アメリカや缶コーヒー、相撲好きなら栃ノ心、最近はワインの生まれた国として知るようになった人も多いでしょう。 今月は5月に行われるジョージアのワイン祭りでのお話です。

ジョージアってどこの国?

ジョージアは、カスピ海と黒海に挟まれた西洋と東洋のジャンクション、大小のコーカサス山脈に囲まれるようにして存在しています。東西の要衝地にあり、歴史的に様々な国の支配を受けながら、1991年にロシア(旧ソ連)から独立。これを機に秘密のベールに包まれていた国は、欧米諸国に知られるようになります。日本では2015年にグルジアからジョージアに国名呼称が改められました。

ジョージアが西欧諸国を驚愕させた事実の一つが、自分たちの文化と思っていたワインが、どこよりも早く8000年前に存在したこと(ワイン造りの土器の出土記録による)、そして今に続く伝統製法です。ジョージアの伝統的なワイン醸造法では、ブドウを収穫後、クヴェブリという土製の大きな甕の中に果皮ごと、場合によっては梗ごとブドウを漬け込み、空気中の酵母を自然任せで取り込んで、開口部をしっかりシールして自然に任せて発酵させます。白ワインも、赤ワインと同じように果皮を果汁と長く接触させるワインは、日本ではオレンジワインと呼ばれています。5月頃になると発酵が落ち着き、固形分が甕の底に沈殿します。この頃、一度開封して出来をチェック。このタイミングで、新酒祭りとなります。数年前、この祭りの時期にジョージアを訪れました。

ワインと食卓と歌と。

着いたのは、ワイン祭りの前日。ワイン祭りに合わせて複数のワイナリーを訪問する予定が組まれ、最初のワイナリー「ドレミ」を訪れました。三人の友人で始めたホームワイナリーのような規模で、クヴェブリと初の御対面です。家庭サイズの納屋には、いくつかクヴェブリが埋まっていました。三人のうちの1人、教会の牧師を務めるメンバーが受け継いできた甕でした。

庭では食事の準備がされていて、ささやかな宴が始まりました。一人が音頭をとり、独特の乾杯の儀式が行われます。皆で盃を手に「日本から来てくれた同志に」「今年のワインに」など色々な口上を述べて乾杯を繰り返します。この様子もどこかアジアの宴会的。驚いたのは、食卓で誰かがふと歌い出し、そこに他の人が声を重ねて混声合唱(ポルフォニー)が自然に始まったことです。皆様、学生時代は合唱団?というくらい自然にハモれるのです。

その翌日の新酒祭りのイベント会場でも、民族衣装(風の谷のナウシカの服装の元ネタとされる)を身につけた男性たちが素晴らしい美声を披露していました。ワイン祭りはオープンな試飲会で、どこにでもある形式なのですが、会場のあちらこちらから流れてくる歌は、他国にない光景。その旋律はどこか哀愁があり、時に力強く、食卓とワインと歌は、ジョージアの人々にとって切り離せない存在であることが理解できました。長年、他国の侵略や支配を受けている間も、ジョージアの人々の心を守ってきたのは、ワインや食卓や、歌だったのではと思うのです。

日本も世界も、ナチュラルワインという大きな潮流があり、近年知られるようになったジョージアのワインは、古くて新しい製法として西側諸国への大きな刺激やヒントとなっています。ジョージアの甕が、今では世界のナチュラルワインの生産者に輸出されるようになりました。日本でも、ナチュラルワイン、オレンジワイン、そしてジョージアワインがブームと言われています。

ブームの現場を見る気持ちでジョージアを訪れたわけですが、一番心に残ったのは、嗜好品としてではない究極の日常としてのワインの素顔やあり様でした。ワインってそもそもこういうものだったんだと。それは、製法とか味わいよりも大切なこととして、自分の中に残りました。

R gourmetへ、ようこそ。今月の皆様の食卓が美味しく、楽しくありますように。

イラスト:ヒラノトシユキ 文:柴田香織