Monthly Food Letter 【Mar.】春の和菓子攻防戦。草餅VS桜餅

2021.3.3

クリスマス、バレンタインと洋菓子シーズンが続き、いよいよ和菓子の出番。春は人気の季節和菓子が多いシーズン。しかし、その中では人気攻防戦が密かに繰り広げられています。

桃の節供(雛祭り)
の餅菓子は桜餅が優勢?

冬から春へ。季節感が薄れた現代でも、日本人が最も季節の訪れを待ち焦がれるのは春でしょう。和菓子がこの季節によく売れるのは、春の高揚感と古来より日本の節供や伝統行事との結びつきが強いからではないかと思います。

桃の節供に従来食べられてきたのは草餅です。中国では桃の節供に緑色のゴギョウ(母子草)を食べて邪気を払う風習がありました。日本も中国に倣ってゴギョウで菱餅を作っていたようなのですが、これがよもぎに変わります。やがて菱餅と一緒によもぎで作った草餅を食べるのが定番に。よもぎはちょうど桃の節供の時期に若芽を出し、身近で効能の高い薬草だったからかもしれません。3月から5月の若芽は、最もエネルギーが高まる植物です。繁殖力が強いことから、子宝に恵まれるという願かけ植物にもなりました。その地位は鉄板に見えたのですが…。

近年、花見シーズンに登場していた桜餅がどんどんフライングで売れるようになり、とうとう桃の節供の時期から販売されるようになりました。色もピンクで桃みたい。雛祭りにはこっちの方が合ってない?みたいな気軽な感じで、どんどん進出してきたのです。SNSでもピンクの桜餅がどんどん露出され、ピンクに気分が上がってしまうのは致し方なし。押しに押されて、最近は桜餅の方が優勢な感じです。

桜餅人気は、色に負うところが大きい。桜餅とは何かといえば、菓子本体より側の葉に頼った菓子です。もしも桜の葉で巻かれていなかったら、桜餅の説得力は激減。そしてあの独特の香り。クマリンという桜の葉に含まれる成分ですが、好き嫌いはあっても強烈な独自性のある香りです。

最初に桜の葉で巻いた人は実にえらい。その最初の人は特定できます。桜餅は関東で別名「長命寺」。長命寺は墨田区向島にあり、この寺で門前の掃除をしていた山本新六さんが、桜の葉を掃きながら、捨てないで何かに活かせないかと塩漬けにした葉を和菓子に巻いたのが最初だそうで、時は江戸時代。凄い発明になったものです。因みに関西では別名「道明寺」。桜の葉で巻くのは同じですが、形状や生地の材料が異なります。

草餅は、よもぎの素材力を見せて欲しい

一方、草餅はよもぎという素材がふんだんに餅に練りこまれていて、素材という部分では紛れもない強さを感じます。よもぎという食材は、調べれば調べるほど奥深く、以前、草餅の付加価値を上げるため、名産地のよもぎで草餅を作ってみようと探したことがありました。これはと思ったのが、富山県と石川県の境にある医王山(いおうぜん)。名前も凄い。雪解け後のよもぎが素晴らしく、この地域の「よもぎ講」(講は昔のサークルみたいなもの)では、医王山のよもぎの様々な料理が供されるというのです。もちろん草餅も。これだ!と思ったのですが、採取できる量が限られ、商品化できないことがわかりました。でも、他にも名産地のよもぎはありそうです。

よもぎつながりで言えば、「よもぎ蒸し」という韓国で600年以上続いているらしい民間療法も気になります。検索すると「よもぎ蒸し」中の写真が出てくるのですが、なかなかのインパクト。専門エステもあるようで、韓国では女性に人気があり、日本にもやってきたようです。ヨーロッパでは、アブサンといってよもぎの一種のニガヨモギのリキュールの人気が復活しました。よもぎは、素材力が知られれば、節供菓子という役割を離れ、デトックス、美容菓子としても人気が出て良いのでは。昨今、桜餅に押され気味な状況もあり、つい草餅の肩を持ちたくなってしまうのです。

R gourmetへ、ようこそ。今月の皆様の食卓が美味しく、楽しくありますように。

イラスト:ヒラノトシユキ 文:柴田香織