KITCHEN LABO@blue monkey room 今月のラボ『みんなのパン』

2020.10.14

自然豊かな都市近郊のフードラボ「blue monkey room」に集まった、食のスペシャリストたちが繰り広げる、ちょっぴりマニアックな部活動。blue monkey(青い猿)とは楽しむことが大好きマヤ暦の星人です。

KITCHEN LABOでは、毎回研究員達が興味のあるテーマを選んで、食の新たな知識や体験を共有します。ラボでの発見や、知っていただきたい食の深い世界をR gourmetでレポートしていきます。初回のテーマはパン。しかも、みんなが簡単に焼けて、みんなが食べられる、ヘルシーなパンです。そんなパンを『みんなのパン』と名づけて焼くことにしました。短時間で焼けて美味しい、体に優しくなじむパンを目指します。

@blue monkey room今回の研究員。

ハヤシコウ(コウさん)
グラフィックデザイナー、バール「クインディチ」店主。自称日本人初のイタリア人。
https://www.instagram.com/lukacca/
山内千夏(ちなつさん)
イタリア料理研究家。料理教室「Mille Piatti」を主宰し、イタリアの家庭料理と食文化を伝える。
https://www.instagram.com/cinatsu/
佐久間真理(パンまりさん)
予約制の森のパン工房Veriteを運営。有機素材を中心に心とからだにやさしいパンを焼く
https://www.verite39.club/
堀込玲(レイさん)
イタリア食材のコンサルタントで料理男子。ロングセラー「旅の指差し会話帳・イタリア」の著者。
いこまゆきこ(いこまさん)
「いこまゆきこお料理教室」を主宰。和食・発酵が得意分野。良い食材を求めて全国各地を行脚。
https://www.instagram.com/yukikoshiawasegohan/
柴田香織(セカシバ)
blue monkey room主宰者。現在東京と当ラボの二拠点生活中。今回の企画と執筆を担当。
https://note.com/blue_monkey_ks
平野佐知(さっちー)
T-SITE湘南料理塾のプロデューサー。国際中医薬膳師の資格保持者で点心も得意。
https://www.instagram.com/shonan_ryorijuku/

※上記リンクはすべて外部サイトに移動します。

まずは、小麦のお勉強。

今回選んだのはイタリア産の古代小麦ファッロ(三分挽き)、イタリア産の石臼挽き小麦(軟質小麦)、国産小麦(強力粉)の3種類。風味よく、味わい深く、生地としても扱いやすい配合を工夫します。

現在のパン小麦の祖先とされるのは、スペルト小麦という古代小麦。スペルト小麦は、野生種のタルホコムギと栽培種の二粒系コムギ(乾燥パスタの原料、デュラムコムギの祖先種)の交配種で、今から5,000~6,000年ほど前に誕生したようです。

グルテンという言葉を聞いたことがあると思いますが、小麦粉に水を加えて捏ねると、生地に粘りとコシが生まれます。小麦粉に含まれるタンパク質が結合してできる網目構造がグルテン。古代小麦は、現在主流の小麦と比べてグルテン構造を作りにくく、生地を捏ねてもまとまりにくいし、パンを焼いても膨らみにくい、ちょっと厄介な小麦です。

なのに、人気はうなぎのぼり。これはヨーロッパで爆発的に増えたグルテンアレルギー、またその予備軍の人々に、グルテンの少ない小麦は消化が楽で、アレルギーも引き起こしにくいことが実感されつつあるからです。(個人の体質によります)



「古代小麦でパンを焼く場合、3割程度のブレンドから始めるとやりやすいです。ラボでは5割ブレンドにしていますが、慣れたら割合を増やしてみましょう」(ちなつ)

また、古代小麦は殻が硬くて脱穀が難しいものが多く、殻つきのまま全粒粉で挽いた粉も多いです。小麦の外皮にはミネラル分がたくさん含まれているので栄養豊か。ですが、パン生地で扱うには技がいります。そこで、今回は生地の繋がりやすさも考えて、三分挽きの古代小麦を選びました。また、鮮度が良く、品質も高くなった国産小麦、そして石臼挽きの粉にも注目しました。石臼挽きは低温で小麦を粉砕するので風味がよい粉になり、シンプルなパンの風味を引き立ててくれます。

焼くのはいずれもフラットな形状のパンです。古代小麦を使うとパンが膨らみにくいのですが、そもそも膨らます目的のパンでなければ気にする必要はなし。フラットパンは、発酵も短時間で気軽に焼けます。こちらが、実際に焼いたパンのラインナップです。



「ハチャプリ」ハチョ=チーズ、プリ=パン。ジョージアを代表するチーズパンで、地方ごとに個性がある。西部イメレティ地方のハチャプリは生地でチーズを包む。
「アジャプリ」こちらもハチャプリの一種で、ジョージア南西部アジャラ地方のバージョン。舟型でチーズは上にのせ、卵黄を加える。アジャプリと呼ばれる。
「ピアディーナ」イタリアのロマーニャ地方の郷土パン。中に生ハム、チーズ、野菜などをお好みで挟んで食べる。

ジョージアの国民的なパン“ハチャプリ”(及びアジャプリ)。

ジョージアは、1991年にロシアから独立。かつてはグルジアと呼ばれていました。東洋と西洋の交差点に位置し、独立後は謎に包まれていた姿が明らかになります。欧米諸国を驚かせたのがクヴェブリという、土の中に埋めた土器で醸すワイン。8000年前から存在する製法で、今やジョージアはワインの生誕地として有名です。2013年、このクヴェブリのワイン醸造法は、世界無形文化遺産に登録されました。ワインが着目されたのをきっかけに、食文化にも注目が集ります。

ジョージア、実はパン王国です。ユニークなパンがいろいろあるのですが、ハチャプリは地方ごとに特色のある国民的なチーズパン。チーズを餡にして生地で包んだり、上に乗せたり(アジャプリ)、様々なパターンが楽しいのですが、いずれもフラットタイプのパンです。



小麦のほっくりした風味、チーズの塩気とジョージアのクヴェブリ仕込みのオレンジワインがよく合います。

ジョージアは、ワインもチーズも自家製の文化が今も残っています。本場のハチャプリに近づけるために、ラボでは、ジョージアワインのインポーターさんやロシアでアジャプリを食べたメンバーにも聞き込み調査を実施し、現地に近い感じを探りました。

ポイントとなるチーズですが、日本で入手できる種類なら、モッツァレッラタイプの伸びるチーズと水分の少ない塩気の効いたフェタチーズのブレンドなどが良いようです。決まったルールはないので、家にある色々なチーズをブレンドするのもよし。

「チーズは細かく裂いて、水分はしっかり切ってください。水分が多いと、生地からチーズがはみ出ちゃいます」(パンまり)

イタリアで大流行中、ピアディーナ。

もう一つ挑戦したフラットパンが、イタリアのエミリア=ロマーニャ州のピアディーナです。最近はストリートフードブームで、ピアディーナ専門店「ピアディネリア」がイタリア全土に増えています。パニーニの一種ですが、薄焼きで具材がたくさん食べられるのも人気のポイントかもしれません。

今回のピアディーナ隊長は、このパンのメッカ、ロマーニャ地方のお隣り、マルケ州北部に住んでいたこともあるコウさん。ピアディーナは日常的に作っていたとか。ピアディーナは庶民の保存食で、油脂には廉価なラード、水分は少なめが基本だそうです。マルケ州にはピアディーナによく似ていますが、卵のたっぷり入った貴族の食べたパン、クレーシャもあります。



「生地はできるだけ薄く伸ばす!カリッとした部分、気泡の周囲のムチっとした食感のメリハリが楽しめます」(コウ)

フライパンに生地をのせると、あっという間に気泡ができてきます。気泡を潰さずひっくり返すと気泡の凸部分が少し焦げてサクサクに。

ハチャプリもピアディーナも風味高く、さっくりとした食感に仕上がりました。小麦の重量をあまり感じなることなく、食後も胃が軽い感じです。では、レシピを詳しくお伝えしましょう。