Monthly Food Letter 【Oct.】オリーブオイルのノヴェッロ

2020.10.07

こんにちは。様々な自然の恵みの収穫を祝う10月です。新米やワインの新酒も待ち遠しいですね。今月は収穫シーズンに因んだオリーブオイルのお話です。

初めてイタリアを訪れたのは10月でした。トスカーナの食堂で、ドキドキしながら聞き慣れないリボッリータという郷土料理を注文すると、茶色いぐずぐずのスープが運ばれてきました。“ハズしたかも”。内心がっかりしていると、カメリエーレがお構いないしに「ちょうどノヴェッロ(オリーブの新オイル)の季節ですからね。たっぷりオイルをかけると美味しいですよ、シニョリーナ」と、スープにオリーブオイルをドバドバと回しかけたのです。

私がシニョリーナ(若い女性を呼ぶ言葉)だった当時、日本はイタリアン黎明期でした。エクストラヴァージンオリーブオイルがレストランの卓上で恭しく小皿にのり、パンにちょっとつけるのがお洒落だった頃、本場のカメリエーレの男性は、茶色いスープに驚く量のオイルを注ぎました。すると、スープの味が劇的に変わったのです。グリーンで青々しい香りを放つ翡翠色の液体は、オイルというよりフルーツジュース。リボッリータの正体は昔の農家料理で、野菜と豆、硬くなったパンの入ったスープでした。余ったスープに翌日火を入れるので、リ(再び)ボッリータ(加熱した)。正体がわからないほど溶け合った野菜とほっくりした豆の滋味を、フレッシュなオイルが神々しいばかりに引き上げます。甘味、ピリピリする辛味、ナッツのような香ばしさ、抹茶のようなグリーンな香り、すごい調味料です。もはや油ではない。

衝撃のノヴェッロから数年後、食を学ぶためにイタリアに渡りました。そして10月、再びその季節がやってきます。近郊のオリーブオイル農園ではオリーブの収穫を祝い、一般の人々に農園を公開して搾りたてのエクストラヴァージンオリーブオイル、ノヴェッロをふるまいます。農園の竃で、薪火で香ばしく焼かれたパンには、やっぱりたっぷりのノヴェッロと塩をパラリ。それが、とてつもなく満ち足りた味なのです。

日本にもノヴェッロが輸入できたらいいな。当時は難しいとされていました。通常、オリーブオイルは品質を安定させるために、搾った後しっかり時間をかけて静置し、不純物を取り除く濾過という工程があります。しかしノヴェッロは、たいがい濾過することなく丸ごと搾った状態ですぐに出荷されるので、果肉の様々な成分が溶け込みます。風味は豊かですが、劣化は早い。収穫期のわずかな時だけ、オリーブの実の全てを味わう稀少な季節のオイルなのです。それから数年後、無理と言われていたノヴェッロが、物流の改善などで日本にも届けられるようになりました。

今では、日本国内のオリーブ栽培も盛んになり、国産のノヴェッロも見かけます。正直お高いなとも思うけれど新ものは鮮度が命。日本でも体験できるようになったのは、グローバル時代の食の進化だと思います。
「ちょうどノヴェッロの季節ですからね。たっぷりかけると美味しいですよ、シニョリーナ」
あのカメリエーレの事件から、毎年ノヴェッロが欠かせません。

R gourmetへ、ようこそ。今月も皆様の食卓が美味しく、楽しくありますように。

イラスト:いとう瞳 文:柴田香織