2025/1/14更新
愛媛・今治の旅で出会った、サステナブルなものづくり。
「愛媛」と聞いて思い浮かぶものといえば、柑橘系の果物や今治タオル、道後温泉etc.……。サステナブルな商品を日々探しているEARTH MALL(アースモール)編集部が見つけた“愛媛のサステナブル”は、地域の歴史や環境に紐づいた、伝統的で洗練されているけど遊び心もあるアイテムたち。今回は合併20周年を迎える注目のエリア、今治市を中心にご紹介します。
100年以上続く愛媛県今治市の「タオル産業」。「田中産業株式会社」は産業の発展と共に「安心・安全・高品質」なものづくりに真摯に取り組んできました。彼らの新たな取り組みとして作った「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル」は、視覚障がい者(アテンド)をパートナーに迎え作られたもの。“特別な肌ざわりのタオルの誕生”について、お話を伺いました。
今治という、温暖で豊かな気候で生み出される、“唯一無二の肌ざわりのタオル”。
タオルの代名詞といえば「今治タオル」。その事実が多くの人に周知されていることが物語るように、ブランドとして、産業としてのレガシーが確立されている。その理由のひとつが、地域の風土にある。「田中産業株式会社」の4代目社長、田中良史さんはこう語る。
「今治は江戸の昔から綿業の産地としての基盤が作られ、織物が盛んな土地に育ちました。豊かな自然に囲まれていて、愛媛県北部に位置する高縄山系を源流とする蒼社川が水源になっていて、良質な軟水が豊富に確保できます。今治タオルの特徴である『先晒し先染め』製法といって、先に水で『晒す』ことで、やわらかい風合いと発色が綺麗なタオルに仕上げることができるんです」
この土地で、たゆまぬ努力をし続け、タオル産業の発展の一翼を担う仕事をし続けてきた、田中良史さん。「いいタオル」とは何か。常に自らに問い、何度もトライ&エラーを繰り返し、ここまでやってきた。それゆえに、常に“俯瞰した目線”を持っている。
「肌触りのいいタオル」を作り出すことの、果てしなき模索。
「日本人ほどタオルが好きな国民はいないと思うんです。いろんな人に『どんなタオルが好きですか?』と聞くと、大体柔らかくて、ふんわりしたタオルの質感をイメージされるんです。品質試験でタオルの評価をするときに、『吸水性』『速乾性』『色落ち』に関しては数値化して評価できるのですが、『肌触り』に関してはできないんです。研究機関と相談し、あらゆるリサーチと試行錯誤を重ねても、肝心の『肌触りの良さ』を導く方程式は結局、編み出せず。半ば、諦めの境地でした」
「肌触りのいいタオル」を作り出すために思案を続ける道程で期せずして、“商品開発のパートナー”との巡り合わせがあったという。
「ある知り合いのプランナーに勧められ、2007年に『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』というイベントに参加しました。数名のグループで“暗闇空間”に入り、視覚障がい者(アテンド)の案内のもと、さまざまな体験をしながら対話を楽しむ時間を過ごしました。実際に暗闇に入ってみると今まで経験のしたことのない世界にとても驚いて。徐々に、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかりました。『見えていないものが見えてくる』感覚といいますか。実際、視覚障がい者(アテンド)たちと話をしてみると、ふだんの生活ぶりにも感心しました。僕らと同じように、一人で通勤しているというんです。そうした日常に想いを馳せると、非常に繊細なアンテナを張り巡らせ、我々とは全く異なる世界観で生活しているのだろうと思いました。アテンドの方々の感性の鋭さをそのとき、初めて思い知った瞬間でもありました。それで、彼らの感性をタオルづくりに活かせないか、と考えるようになりました」
タオル本来の機能である「人肌に触れた時の吸水・吸湿」や、感性としての「肌触り」「風合い」をより高めることを目的に作られた、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』。2008年に制作した当時、色は白限定。「使い心地をデザイン」した観点を評価され、グッドデザイン賞を受賞した。
タオル作りには天然の糸を使用。糸切れが起こりやすいため、それを無くすのに年間を通して温度と湿度が一定になるように整えている。
健常者とは異なる、“独自の感性との対話”から生まれた、オンリーワンのタオル。
実際、パートナーになってもらったのは、10人の視覚障がい者(アテンド)の方々だそう。
「男女比は半々。年齢は20代〜40代くらい。商品開発にあたって、まずは自社ブランドのタオルを各自、自宅で使ってもらうことにしました。そしたら、困ったことにあまりいい評価をもらえらなかったんです。私にとっては、心を抉られるような体験でした(笑)。それで、視覚障がい者(アテンド)の方々が“最高だと思うタオル”を作ってみよう、ということに。そのために、暮らしの中で何度も使って、テイスティングしてもらうことで、ひとつのタオルのいいところと悪いところを教えてもらうようにしました。彼らは、感性が豊かで、とても印象的な言葉で伝えてくれるんです。たとえば、吸水試験でほぼ同じ数値が出ている『A』と『B』という商品があったときに、『数値は同じですが、田中さん『A』の方が濡れた体を拭くときに“肌から持っていかれる感覚”があるんです』と、非常に微細な感覚を表現してくれるんです。ひとつ言える大事なことは、目が見えなければ誰でも微細な感覚を表現できるわけでもないんです。僕らが出会った視覚障がい者(アテンド)の方々がとても表現豊かだったんです」
タオル制作において意見交換を続ける中、それぞれが感じ取っている感覚を理解し合うこと、突き詰めること自体、終わりのない作業のように思えたこともあったという。
「実際、“肌から持っていかれる感覚”は、本当の意味で僕にはわからないので、対話することで丁寧に紐解きながら、『ああ、こういうことなのかな』と進めていきます。単に柔らかいからこっちが好きとか、分厚いからこっちが好きとか、そういう感覚的なものさしで測って、“心地よい肌触り”を決めているわけではないんです。最低10回くらいは洗濯を繰り返して、家で使ってもらって乾きや肌ざわり、使い心地を総合的にどのように判断するか。そういう作業をしています。実際、テスト用のタオルは100種ほど作りました」
これまでに使っていた糸を改良してテストサンプルを作ったこともある。
中途失明の方の心に刻み込まれた色を、タオルに染色する。
「過去の膨大なデータとこれまで現場で得た知見から糸の硬さや柔らかさ、細さや太さを組み合わせてどのように織っていくかを探りました。そして、うちの会社は、染色工場を現場で持っていて、タオルの洗い方、乾燥の仕方を模索することが可能で。ベストな組み合わせを探っていくと、とんでもないタオルのサンプルパターンになっていくんですね。そうした作業をすることで、いいところを伸ばし、悪いところは消していく。何度もトライ&エラーを繰り返して、3種類作りました。とてつもなく果てしない作業でしたね。最初は白色だけを作ったのですが、あるとき『色をつけて欲しい』というリクエストをいただきました。目が見えない人にどのように色を表現してもらったらいいのか、最初は戸惑いました。『目が見えなくても色の波長を感じるらしい』という情報を聞いて、健常者の勝手な考えでそのことを尋ねたら『そんなものは感じません。勝手な先入観で判断しないでください』と言われたりして……。対話を繰り返すたびに、大なり小なり、さまざまな摩擦がありましたね」
そんな、産みの苦しみを乗り越えて生まれたのが、英語で「バーミリオン」というカラー名が付けられた、朱色のタオルだ。カラーの誕生には、心温まる秘話がある。
色の決定も、アテンドの方の感性を取り入れて作った。2008年より販売。カラーはナチュラル、バーミリオン、チャコールの3色。
「この話をすると、涙が出そうになるんですけれども。中途失明の方ふたりに、『覚えている最高の色を表現してください』とリクエストしました。そしたら、あるひとりの女性が、目が見えなくなっていく途中で、毎日彼女のお父さんが夕焼けを見に連れて行ってくれたという話をしてくれて。今は完全失明されていて光すら感じないようだけれども、その日を覚えているんです。体内にある夕日の記憶を。そのときに、瀬戸内海の夕陽が沈む風景の色を素敵な言葉で表現してくれたんです。その言葉から浮かんだ色を、専門家と相談しながら決めました。実際にサンプルが出来上がって『この色で大丈夫ですか?』と聞いても、わからないですよね。そしたら、彼女がおもむろに、そのタオルに何分間かガッと顔を埋めているんですよ。それで、パッと顔を上げて、『田中さん、この色です』と呟いたんです。彼女が何を感じたのかわからないですけれども、こうした彼女との対話から色を導きました」
商品が出来上がったのち、百貨店での売上が月間1位になるなど、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』の人気はうなぎ上りに。
「最初は僕たちがやっていることを“弱者支援”と捉える人が多くて。“障がい者の人たちを我々が助けている”という人間関係をイメージする人もいますが実際のところ、全く持ってそんなことはなく。我々も彼らから得るものが大きいですし、何より声を大にして言いたいのは、対等な関係であるということなんです。障がい者就労支援という意識で取り組んでいることではないんです」
『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』が生み出される過程では、工場で働く技術者との綿密なすり合わせを行ったという。
「工場長を担っている人がとても協力的で。『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』のテストサンプルを作る際、織の密度を変えていく作業はとても面倒な作業なんです。縦糸と横糸で構成している織の密度は、機械上で設定しています。縦密度と横密度を荒くしたり、キツくしたりしながら変えていく。さらに、パイルの長さを長くしたり、短くしたり。太い糸と細い糸、どちらを選択するかでも変わってきます。そうした試行錯誤を夜遅くまで残ってやってくれて力を尽くしてくれました。ものづくりに関わっている個人個人が、ベストを尽くした先にどんなものが生まれるのか、その先の景色を見てみたい強い好奇心を持っているんですよね」
タオルは水を拭く機能的な道具ではあるが、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』は、肌触りが心地よいだけでなく、「いいタオルを生み出したい」というピュアな情熱の熱量が、物質に宿っているようにも感じられる。
田中産業株式会社の本社。過去に昭和天皇皇后両陛下が訪れ、当時としては最新鋭の自動織機で製織する様子をご覧になられた歴史の足跡を辿ることができる。
さらに、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』を生み出したことによって、社内の制作陣のコミュニケーションに変化が現れたという。
「技術者は染め担当と織り担当がセパレートしていて、実際の作業においても今までは分断していたんです。それが『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』の制作に向き合うために、一堂に集まり、ものづくりにおける会話の密度を高めていきました。洗い方や染め方について語り合う場を設けて。すると『なんだ、こういうこと知らなかったよ』とか『この情報、共有してくれたらよかったのに』といったようなことがどんどん出てきて。社内のスタッフとの対話が深化したこともポジティブなことでした。『ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル』が新たな種を蒔いていく土壌になったというか。うちの会社の歴史の中でも、銘品であり、そのほかの商品の発展や未来を作る起点となった事業だと思います」
「本当に良いタオル」「本当に心地良いタオル」には、作り手の愛情や数え切れない試行錯誤の「物語」が織り込まれている。そのことに想いを馳せて、大切に使い続ける。そんな、美しい付き合いを紡いでいきたくなる。

健常者にはない特別な感性から生まれた特別な肌触り
アメリカ産のサンホーキン綿を主原料に使用。使う方の好みで使い分けができるように、2種類の糸を組み合わせ、タオルの表裏の質感を変えました。コンパクトなサイズ、ほどよいボリューム(厚さ)なので、使い勝手が良く、洗濯後の乾きもスピーディーです。
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INFORMATION
田中産業株式会社
住所:愛媛県今治市東村5-1-35
TEL:0898-48-2225
HP:https://www.rakuten.ne.jp/gold/goldpearl/
Photo by : Yoshiki Okamoto Edit & Text by : Seika Yajima
愛媛の旅で出会ったサステナブルなものづくり
砥部:前編 後編
大洲:前編 後編
宇和島